Kimのプレゼン

午後はKimがSqueakがどういうものかを説明した。全体像を説明して、車をちょっと走らせて子供たちの作った例を見せて、というものであまり細かいことは説明しなかったが、なにしろ今はイタリア語字幕付きのDVDがあるので、BJのセクションを見せて、豚レースと重力の例を見せて後はReggio Emilia近郊で撮影されたJerome BrunerとAlanの対話の部分を見せたら大分受けが良かった。が、イタリアだけに最後電源が瞬断してしまい、Jerryの話の途中で終わってしまったのだが。それでもきっともっと見たいと思ってもらえるようになったことであろう。

Janeの「んーんんん。んーんんん」はとてもよいと思う。通訳であるという矩を超えないたしなみを身に着けているので、繰り返された質問も自分で答えたりせずにちゃんと訳すし。

scuolaの食事

昨日の分にも書いたように、scuolaには調理室が付いていて、今日はそこの料理を振舞ってもらった。ちゃんとリゾットから始まって、魚やサラダやほうれん草のパイのようなやつ(名前忘れた)をつまんで、果物もたべて、というコースになっている。もちろんワインもあって、食後のエスプレッソもあるわけだ。

La Villetta

今日来たLa Villettaは3歳から6歳までの子供の面倒を見ているところである。今日は朝から行ったので子供たちが実際にいたわけだが、とにかく子供のアクティビティの幅広さと真剣さ驚かされる。積み木、粘土、カード、OHP、インク、はかり、楽器、プラスチックや針金で子供たちが作ったオブジェ、ステレオセットなどなどなどなどなどなど。

これだけなら大したことはないかもしれないが、子供と一緒にいる先生が子供の相手をしながらもずっとノートを取り続けているところが一目見てわかるすごさであった。子供たちが言ったこと、やっていることなどを記録している。Reggio Emiliaの保育園、いったいなにが違うのか、と思っていたが、これをみて一気に疑問が解けた思いである。このノートとりを見ていると、子供たちがほのかに「自分たちはメモを取ってもらうくらいだからなんだか重要なことをやっているんだ」という意識を持っていることが見て取れる。この意識が自然と子供を一人前に振舞うようにさせ、遊びに積極的に取り組むようになる。

記録をとったものは壁にdocumentazioneというものとして、一連のポスターのようにまとめたり、めくれるブックレットのようになっていたり、一部は速報性を意識したような手書きのものとして、一部はきれいなポスターとしてかなりの「production value」を伴った形で展示されている。これによって親も参加しやすくなっていると思われる。pedagogistaや先生同士の交流会で発表も頻繁にされるので、その材料にもなるし。

なるほど、と思ったね、本当に。はてなダイアリーを付け始めて、日常接するものの名前も覚えておこうという意識が働くようになったことに気が付いている私であるので、Reggio Emiliaでやっていることをみて本当にすとんときました。昔どこかで聞いた話で「イタリアでは女の子に『あなたは世界で一番可愛い子よ』と何度も何度も言い聞かせて育てるので、大きくなると可愛い子になる」というステレオタイプ的な話があったが、このステレオタイプも一面の真理は捉えていると思う、ということを言ってみたりもした。

1人の男の子はずっと巻尺と物差しを持っていて、他の子供や大人の身長を何度も何度も測りたがっていた。我々のグループが近づいていくと、それぞれの人の背を測ろうとする。問題は150cmの巻尺だったのでほとんどみんな測りきれなかったのだが、それでも"uno cinque zero"とみんな150cmだったことにしてしまうところが子供である。Paulaはそこでちょっと質問していたが、お客さんの相手もしていたので深くはいけなかったみたいだね。お客さんがいなかったら少し発展したのかもね。僕はしゃがんでやって150cm以下になって測らせてやったのだが、今度は150のほうから測ってしまったので、"quaranta otto"になってしまった。しゃがんでもそこまで小さくはならんよ。

Reggio Emilia Danza (RED)

夜には、Reggio Emiliaのダンサーたちによる"Il Corso Che Narra" (The body that narrates) という近代ダンスに招待してもらった。Pedagogistaの1人PaulaのFIATでFondoriaという劇場まで連れて行ってもらったわけである。観客数は150人くらいだっただろうか。

このダンスは"transformation"ということをテーマにして、舞台装置の船の断片や街灯などが、橋になったりシーソーになったり怪獣になったり玉座になったりしながら、ストーリーがどんどん変転していく。多くの部分ではテーマはわからなかったのが残念だが。この舞台装置はid:propellaの山宮さんの作品に通じるところがあったね。

これもscuolaのAtlieristaが演じている、という話だったと思うのだが、子供たちからtransformationに関するアイディアを「我慢強く聞いて」それが取り入れられているらしい。船のシーンになったときの帆やあるいは、最後のシーンで壁に投影される変な絵も子供の書いたもののようだ。観客席の真ん中にはpre-schoolみたいな子供たちが10人くらいいて、おとなしく見ていた。イタリア人の癖におとなしいとは!

Fondoriaはもともとなんらかの工場だったところを劇場に改装したところで広い空間が自由に使えるようになっている。

最後はぐるぐる引っ張って回せる船が出現して終わるのだが、メインのショーが終わった後、子供たちを船に乗せてぐるぐる回してやるところまでが本編である。観客席のすそにいたちょっと太った男の子は、パパに乗せてもらいに行けと促されても恥ずかしがってなかなか出ていけなかったのだが、逡巡しているうちに船がぐるぐる回ったりしてとっても楽しそうになっていたので、1人がっかりしていたのが面白かった。

Reggio Emiliaこぼれ話

Reggio Emiliaの地図を見ると、太い道で中心部が囲われているのだが、それはやっぱりもと城壁があったところなわけである。Reggio Emiliaで特徴的なのはその城壁が細長い6角形をしていることである。この形がアーモンドの種に似ていて、アーモンドはなぜか幸運のしるしということになっているらしくて、町の人はアーモンドが守ってくれている、という意識があるらしい。ナポレオンの侵攻も食い止めた(?知らんが)ということなので、実証済みでもあるわけだ。

現イタリアの旗はReggio Emiliaの旗だった、という話も聞いた。

Nido Panda

午後は、3ヶ月から3歳までの子を預かっているnidoのひとつ、Pandaと呼ばれるnidoに行ってきた。子供はもう帰る時間であまりいなかったが、pedagogista 2人と、Pandaの先生の話を聞いてきた。Pandaの建物はMalaguzziがデザインしたそうである。

聞いた話は上に書いたことと近いので省く。通訳に来てくれた英国人のJaneという女性はイタリアに20年くらい住んでいるそうだが、もともと英国アクセントの上に「んんんーん、んんんーん」というイタリア語のリズムで話すので面白い。

Reggio Children

というわけでReggio Emiliaまで来たわけだが、なぜReggio Emiliaかというと、ここには「世界で一番の」保育園、幼稚園(nidoとscuola)があるからである。91年に出たNewsweekの表紙で「The best school in the world」ということで紹介されたくらいだから。

今日の午前中は、Reggio Childrenという組織のリーダーであるGiordana Rabittiさんと2時間ほど話をさせてもらった。

この世界で一番というのはひとつの恵まれた学校がある、というだけではなくReggio Emilia munincipale全体で一本化した「システム」として運営されていることである。小学校以上はイタリアレベルで決まったやり方があるのだが、幼稚園以下なら各地域が独自に取り組むことができる。Reggio Emiliaでは敗戦後直後から、置き去られたドイツの戦車を売ってお金にして、そのお金で地域が一体化して教育をする、という文化が始まったわけである。イタリア最初の社会主義者市長が生まれたところで、薬をただで配ったり、教育も無料
でやる、という空気はもともとあったらしい。

その後63年にLoris Malaguzziという人が、もっとシステム化した取り組みにしていった。彼の思想は、Squeakers DVDを見た人にとってはおなじみの、「子供はもともと対話する能力を与えられて生まれてきて、情報のやり取りをしながら育つようになっている」という概念に基づいて、「子供の声を聞く」ということに大きな力点を置いている。絵を描く、とかものを作る、とか言うことも子供の持つ言語能力の一種だと考えるし、各言語でも子供に独自の文字を作ることを促したりもする話がでてくる。100 Languages of ChildrenというMalaguzziの本にはそういうことが書いてあるらしい。

Reggio Emiliaには、3ヶ月の赤ちゃんから3歳までの子供を預かる"nido"が13ヶ所と、3歳から6歳までのscuolaが20ある。地域の子供の40%がnidoに行き、92%はscuolaに通っている。ここでユニークなのは11人いるpedagogistaという人が、研究者的な視点を持ちながらもこれらのnidoとscuolaすべてに渡る方針決定を行っていることである。pedagogistaは教育学者とでも訳せるかとも思うが、実際には独特の立場なので翻訳不可能、ということになっているらしい。実地に子供の面倒も見つつ、日々の生活に忙殺されないでおもちゃの開発などをするところが秘密であろう。本当に早期の教育をしているときはその子がいったい何に興味を持ちうるかはわからない以上、かかわる大人もgeneralistとしての資質が求められる。pedagogista以外の先生たちも、pedagositaと一緒のチームで働くことによって、別の視点を持ちながら仕事ができる。nidoレベルの意思決定はpedagositaと先生のグループで行われる。

pedagogistaはscuolaとnidoの両方をまとめて面倒を見ていて、時々地域内で移動もする。ある特定のnidoやscuolaに偏らずに、地域全体で同じサービスを提供できるようにするのが目的である。

scuolaでは「だいたい」3歳、4歳、5歳児でクラスわけされているが、それとは別にatelierといういろいろなものを作る場所がある。これも「手を使って考える」という方針の一環である。Atelieristaは音楽、絵、あるいはダンスなどなどいろいろな専門の人がいる。

nidoとscuolaには、それぞれcucina(キッチン)が付いていて、栄養士が作ったメニューを提供している。もちろん、親にメニューの指導もする。イタリアではお昼も家に帰って食べるのが普通なのだが、この点も独自である。

「対話する」、という方針から、子供の話を聞く、ということを強調している。ただ聞くだけではなく、子供の話からさらに大きな話を引き出す努力をする。

毎朝、子供に面白かったことがあったか聞くが、ひとりなかなか言ってくれない子がいた。ちょっと待っていると、「人ごみ(crowd)」が面白かったと言った。そこで、先生は「じゃあみんな人ごみの絵を描いてみよう」といってみんなに絵を描かせてみた。その絵を壁に並べて貼って、みんなにどう思うか聞くと、ひとりの子が「この絵は変だよ。人ごみなのに前向きの人ばっかり」と言った。子供の描く絵だから、正面向きの人しか描けないのは不思議ではない。そこで先生は後ろ向きの人を描くには、あるいは横向きで目がひとつしか見えていない人を描くときに、もうひとつの目は描かないでよいというようなことを教えた。子供が興味を持ったことから発展させた例である。はがきを持ってきた子の話を元にどうやってはがきが送られるのかなどを話し合ったりもした。

Newsweekに記事が載ってから、毎日のように見学者がnidoとscuolaを見学したがるので、実際の活動に障害が出るようになった。Reggio Childrenは、地域全体のpublic relationを受け持つとともに、pedagogistaの養成、早期教育研究のサポートやコンサルティングなどを行っている公的企業である。株は一株25ユーロだが、市が50%以上を持つ。その他、一株だけ買っている市民がたくさんいて、3%程度はそのような市民のグループである。Reggio Emilia市の年間予算は1億ユーロほどだが、2千4百万ユーロはscuolaとnidoにまわされている。570人のスタッフが43箇所のnidoとscuola(数が合わないような気もするが)にいるので、小さな話ではない。