洗濯

予想外に京都に長居することになっているため、2度目のコインランドリーである。「洗濯機が壊れて」と、初めてこのコインランドリーに来たというおばさんを相手に(またしても)おばさんキラーぶりを発揮してしまい、洗濯機の使い方について懇切丁寧に教える。それもまたよし。

祇園祭

というわけで、昼頃から旧上林研の人々と街に繰り出してしまいました。女性人が浴衣姿で現れるということでもあり、life's opportunityという気持ちで、僕も安い浴衣を買って、江畑さんに着付けてもらったりして参加です。私ちょっと舞い上がってます。

鉾や山を眺めつつ、食べ物やに論評を加えつつうろうろします。まだ祭りの「序」なので、なんとなくずっと続くハレという印象で、うる星やつらビューティフル・ドリーマーを思い出します、なぜか。鉾やらはイノセンスを思い出すんですけどね。だからおたくは困る。

月鉾に上りました。ちまきを買って登る、と言うプロトコルなのですが、今日は浴衣を着ていれば買わなくても良かったわけです。我々一同はおのおの一度ちまきを買ったわけですが、手塚君はすごいですね。浴衣デーの掲示を見て、厄除けのちまきを「返品してください」といってくる男です。うらやましい(他の人も後に続いて返品したわけですが)。

月鉾は月読命で、左甚五郎のうさぎで(月だし)、てっぺんの三日月です。女神転生です。

晩御飯のときは、隠れゲーマーで隠れ深夜ラジオ放送リスナーだった横田さんと、隠れドラゴンスレイヤーだった角川さんなどと昔のコンピュータについてまたしても語ってしまいました。おたくどもめ。私にナムコミュージック「目蒲線の女」の一節を歌わせるとは。

というわけで仕事を忘れてたっぷり遊んでしまいました。まだ11時ごろになるとおねむおねむの時間で「機嫌が悪くなる」ため、その辺で退散してしまいましたが。もしかしてまた行くことになる説が有力です。

足裏マッサージとかというのは、ああやってひょいっと入って受けるものだとはしりませんでしたよ、池辺さん。

祇園祭

街には顔があり雰囲気がある。京都の街は小さくて重層的に深く、アジアのエネルギーと滑らかな落ち着きを持つ。祇園祭はそのような街の祝祭である。

僕は自称書斎派でハレの場に出ることを恐れる気持ちがある。だが、この街そして人にはハレの場を自然に楽しめる血が流れていて、さすらい人でもその中に溶け込んでみたくなる。

今日は宵々々山でまだまだ祭りの初日である。それでも山鉾が通りのあちこちにそびえ、空間を演出する。その山鉾は古く新しい。

夜はまた違った顔である。魔に会う時を過ぎても魔が残り、ごみごみとした現代都市の中を漂っている(ところもある)。