京大「新世代メディア石垣」

百万遍の南東の角には石垣があるのですが、どうやら現在はそれを解体する計画が進んでいるようです。一部の学生さんはそれに反対するべく、石垣の上に仮設の小屋を建てて、電気を引いてコーヒーを売ったりして篭城(?)しています。今日通りかかったら演説をしていました。あまり滑らな語り口ではないものの、一応一般の学生が訥々と話す、という雰囲気はよく出ています。

結局は排除されてしまうか飽きてしまうかで終わるとは思いますが、3人くらいはそういうことをする人がいてもよいのかもしれません。でも過激な行動はだめですよ。

Alan Kay @ OOPSLA 97

 正直言うと権利関係はどのようになっているのかは判りませんが、AlanがOOPSLA 97でやった招待講演のビデオが見られます。

http://www.esug.org/onlinesmalltalkvideos/

これは僕が始めて聞いたAlanの講演だったわけですが、当時はほとんど英語が理解できなかったので話もあまり良くわかりませんでした。それで今日全部見直してみたのですが、面白いです、やっぱり。

使われている比喩は7年後の去年あたりにいろいろやった講演でも同じものが多いです。建築の話はソフトウェアの構築方法にぴったりはまっていますし彼も気に入っているんでしょうね。

Webの将来、Javaの将来を予測した話は、必ずしも当たっているわけでもないようではあります。希望的観測だったものが外れたといえるかもしれませんが。変化に対応できるシステムを作るときに、最初から変化に対応することを考えて作るべきのところ、「HTMLとブラウザ」だったものにいわば屋上屋のようにCSSとかをかぶせていったのが現状で、なかなかはやったものがそっくり入れ替わるようになるのは難しい、という何度も繰り返された歴史の一ページなのでしょうか。

 当時はこの講演の価値はまったくわからなかったものの、始めてアメリカに行って現在の世界に入ったきっかけになった会議だったのは確かです。何年も同じことをやりつづけることが深みを目指す一つの道だのだなあとも感じました。

"Powerful Ideas in the classroom"について

原著のタイトルについて著者とだべっていたことが2ヶ月ほど前にあったが、僕の「なぜ最後はみんなのclassroomsではなくて、ひとつのclassroomということになっているか?」という問いに対し、その著者は「いっぱいある教室全部をつないだ大きな教室がひとつある、という感じなのよ」と言っていたことがあった。あの時はこの本のタイトルに限った話なのかと思っていたが、最近のこの日記における議論を踏まえて考えてみると、実はnative speakerの感じ方を一般的に表現した話だったのかもしれない。

「可能性は無限。現実は有限」

誰かの言葉であると思うのだが、案外俺の言葉だったりして。(http://www.google.co.jp/search?hl=ja&q=%E5%8F%AF%E8%83%BD%E6%80%A7%E3%81%AF%E7%84%A1%E9%99%90+%E7%8F%BE%E5%AE%9F%E3%81%AF%E6%9C%89%E9%99%90&lr=)

 Squeakでできること無限ではあるのだが、子供の可能性もまた無限なのだからと、Squeakを子供に与えておけばいつの間にか子供が何かを発見してすばらしいことを学ぶ、というのは幻想である。Alanの言葉をちょっとだけ借りると"kids don't invent calculus."ということにでもなろうか。無限の可能性を生かしつつも、選択可能な行動を選び取っていくことによって、限られた時間の中で唯一の現実を作り出さなくてはならない。Powerful Ideas本に載っているのは、そのように選び取られた現実のひとつである。