Museum of Science and Industry

阿部さんのお勧めに従い、Young Squeaker達でMuseum of Science and Industryに行きました。これは産業や科学に関する博物館なのですが、巨大な敷地にいろいろなものが置かれています。目玉は第二次大戦中に鹵獲されたU-Boat(ドイツ語では「うーぼーと」)、U-505です。室内に丸のまま設置されていて、魚雷や機銃座や乗組員のベッドの模型や浮力で遊ぶ出し物などが周りを取り囲んでいます。

U-Boatディーゼル推進ですが、潜航時は空気を使って燃やすわけには行かないので、潜航する前に電池を充電して、それで駆動していたそうです。シュノーケリングするという気もしていたのですが、排気口の位置などを考えると、乗組員が酸欠で死亡するのを避けるのが難しそうでもありました。というわけで、潜航時の航続距離は100kmくらいしかなかったそうです。

U-Boatの機銃座は、当初はなかったものの、1943年ごろから飛行機による上空からの脅威が増したため、後から回収されて付け加えられたそうです。

それにしても、Young Squeaker達は、戦争のことをなんでもガンダムに喩えて説明しようとする向きがあるのですよね。鹵獲した兵器とか。

ボーイング727を縦に半分に切ったものも展示されています。ランディングギア(タイヤ)が出たり入ったりするところが見られるそうでしたが、残念ながらその場面には遭遇できず。スピットファイアとスツーカもありました。

「宇宙」のところには、アポロ8号の再突入船の実物をはじめ、月着陸船のシミュレータや、スペースシャトルシャトル(Atlantis)のところの頭の模型があったりします。Atlantisの頭は、真正面から見るとヤッターワンに似ているのですが、某横川さんは「NASAがぱくりましたね」と発言しておりました。

特別展として「人体」をやっていたのですが、とんでもない人並みで見ることはできず。5:30でしまってしまうので見たいものが十分に見られなかったのが残念ではあります。

巨大機械に夢をはせる人には特に堪えられない博物館でありましょう。

http://www.msichicago.org/

SqueakFest '05 最終日

John (Maloney)が、Scratchの背景について紹介するところから始まりました。のですが、僕は一部の人と大人の話をするべく別室にいたのではあります。去年の(だったかな)C5でJohnが話した内容に似ていたようではありました。

Johnは何度書いても書ききれないくらいの"nice guy"なのです。このSqueakFest会期中も何度もnice guyぶりを発揮しているところを垣間見てしまいました。

その後は、阿部さんによるNetMorphの紹介。かなりびしっと決まって良かったですね。私もまた通訳係で参加。Squeakland版で動くようにするのが次なる目標でしょうか。

その後はやくたいもない議論をし、午前中でSqueakFestの全日程が終わりました。新しい顔は去年に比べるとやや少なめとも言えますが、多くの人が参加して成功であったと思います。

SqueakFest '05

Rick McGeerによるCroquetのデモ。がんばっていたが、やっぱりJasmineはJasmineなのです。

Mike RuegerによるSuperSwikiのデモ。

Mini Presentationということで、20分づついろいろな人が発表。

白太郎の主id:tethaの林さんによるSqueakBasketのデモ。操作が単純ではない面があるので、話しをしながらながら完全なデモ(実物)を見せるのは、間が難しい面はあるようではあった。

守田先生の発表。阿部さんのサポートで、スライドがBookMorphに入って出てきました。なぜか私もとても緊張しつつ聞きましたです。
内容は、和田小学校での取り組みについて。年に、45分の授業が950くらいある。そのうちSqueakを使ったクラスは50くらい。基本的な使い方を教えて、自由創作をさせる。アニメーションは面白いが、それだけではだめなので座標や「テスト」を使わせるように勧めた。自然法則を教えられるようにSqueakをどう使っていきたいが、既存の科目にそのまま使えるとは思えない。補助教材として使っていくことを考えたい。質問もたくさん出てよかったように思う。

横川さんによるSwimmyの紹介。こちらも長い目の操作を見せるデモ。"fantastic"な部分を見せるようにして、「こちらにできあがりがありますが」というスタイルのほうが良いかもしれん。15分だし。

id:nanimanな高田さんのMike。しっかり動いています。飛行機のデモも、見せ方の角度とか計算されていて面白いものでした。

阿部さんによる機械たちの時間。世界聴診器、地球聴診器、CロボとSqueak eToysをつないでやったワークショップがおもしろく紹介されていました。阿部さんのお願いなので、例によって通訳を仰せつかったのですが、阿部さんが山宮メソッドを使って発表したし、阿部さんもそれを読めたので楽でした。阿部さん一本立ちの日も近い。

次は、JoseによるgnuLinExの紹介。HPのタブレットPCでgnuLinExを入れて、Squeakでプレゼンテーション。Small-land版をあげたあと、Diegoがっかっこよく歩く例のビデオを見せてもらいました。

ようやく私の発表の順番になりました。プレゼンテーションと実習、ということだったのですが、プレゼンテーションと実習を同時にやるのは無理があったうえに、発表を始めたあと3枚目にしてすでにスライドの順番を変えたりする、ということをするような準備状態だったのでいまいち仕切りが悪い感じになってしまったかもしれません。わかっている人には喜んでもらえたようですが、始めてみる人には難しかったとも思います。

OYSY Sushi

去年に続いて皆さんと行ってみました。ご飯に芯があり、マグロの鮮度にもちょっと疑問が出るような感じでした。いまいち。

young Squeakerの方々は変わり種寿司をたくさん頼んでいましたが、あまりの変り種度に敗北している人も多し。

SqueakFest '05

Columbia College of Chicagoのメンバーによる、幼児教育に関する同じ内容のパネル。今日は、ちょっと質問をしてみました。

次は、AndreasによるTweakの紹介。categoryの紹介。ColorHolderとかdurationとか。
山宮さんに代わって、Bookの紹介。リアルデモだけに、作ったアニメーション
をいきなり消してしまった山宮さんであった。

最後にIndiana University, Pervasive Technology LabのRandy Heilandによる、自然の中にある数学をeToysを使って説明する、というカリキュラムの紹介。これは、彼がやりたいことになってしまっていて、生徒が付いてこられるやり方になっていたのかちょっと疑問ではあったが、とってもがんばっていた。

SqueakFest 05

久々のAlan Kay講演レポートではある。以下はおおむね大島による訳。「私」ははだいたいのところAlanを指します。

今日はめずらしくコンピュータを使わないでプレゼンテーションをする。SqueakFestではいろいろな実地演習があるので、いつも見せるような例は後で実際に試してもらえるだろうから。また、言葉は聞いた人の頭の中にイメージを喚起するから。TVは何を想像するべきか強制するのが良くないところである。

Squeakは、productivity tool(実用の道具)ではない。実用の道具は、地点Aから地点Bに一番効率よく進めるように作られるが、教育というものは、人を違う人に変える事である。

言葉の使い方も大きく発展してきた。印刷技術は西洋世界を完全に違う世界に変えた。ただ、コンピュータが印刷技術のように社会的な変化を起こすとすれば、実際にそれが起こるころには我々は皆死んでいるだろう。印刷技術がグーテンベルクによって発明されてから人間の思考方法にまで影響が及ぶまでには150年くらいかかったのだから。

Deweyは一時アメリカを代表する思想家と言われて、Montessoriの"soul mate"とも言える人であった。彼の教育理論は一時広く受け入れられたが、結局忘れられた。Logoも同様に一時広く受け入れられたが、忘れられた。問題は、だいたい人口の10%の人々はアイディアそのものに興味を持ってなんでもやるが、80%の人々は、結局周りの人みんなが賛成しないとなにもやろうとしない。

手書きの本は現代の価値に直して2-3百万ドルの価値があった。宝石などがちりばめられていたが、それは宝石のほうが安かったからである。グーテンベルクの本は「事務員3人分の年収程度」と言われていたので、7万ドルから8万ドルくらいだろうか。まだ手書きの本を模倣することが目的だったのでありとあらゆるリガチャーや飾り文字の活字があり、赤い字(rubicated)も使われていた。この40年後に、Aldus Manutiusが「移動図書館」を作るために、12ポイントの本を作り、6インチ×9インチのフォーマットを作り、大文字小文字の区別を作り、イタリックフォントを作った。この本はだいたい100ドルくらいだった。100ドルになると、なくしてもそれほどはがっかりしない。今は、プールの上にゴムボートを浮かべて本を読んでいるときに12歳の甥っ子がボートをひっくり返しに来て本がだめになってもそれほどがっかりはしない。ただ、ラップトップコンピュータはまだそこまで達していない。Nicholas NegroponteのNavy Testにはまだ通らない。

もちろん内容も重要である。新しい技術は、古いアイディアを自動化することに使われる。Webは軽い雑誌のようなものである。コンピュータが新しいアイディアのために使われるころには我々は死んでいるだろう。PARCでDTPソフトを作ったときも、我々は誰もまじめにそれを使うようにはならないということを知っていたが、古いアイディアを自動化する例を作る、というジェスチャーをした。

人間は自然によって配線された脳を使っている。過去に獲得された知識を使って未来を決めようとする。ホメロスのイリアッドは、もともと口承文化の産物だったものを後から書きとめたものである。ラップ音楽も、口承文化の繰り返しであるといえる。口承やレトリックでは90%の情報は記憶のために使われていて、10%だけが内容である。書き言葉がこれを変えて、印刷技術がさらにこれを変えた。

100ドルラップトップコンピュータである。4年前にNegroponteは某社に行き、「第三世界用のコンピュータを作るべきである」と言ったが、追い出された。そのことに腹を立てて自分でやることにしたのがこのプロジェクトである。カンボジアなどでは、紙が高いし保存も難しいので、laptop computerのほうが安いといえる。 iPodは60GBのハードディスクを持っているが、一冊の本が2, 3MB程度の情報量なので、30000冊くらいの本がiPodに入る。そうなると、ほとんどコストは無限に安いようなものである。ビジネスの人は、会社を成長させないとWall Streetから評価されないのだが、成長のためには第三世界に伸びていくしかない。そう思うとこのプロジェクトは必然のはずなのだが、ビジネスの人はわからなかった。

HDLTプロジェクトには、には最近タイが参加を表明した。ブラジルと中国も参加する。ポータブルなDVDプレイヤーが$122で売られているがこれからDVDを取り除いてキーボードをつけて、記憶装置を付ければ、目指すものに近い。$122ドルのうち$42はディスプレイ装置である。安いハードディスクは$40くらい、フラッシュメモリーは$15くらいである。ソフトウェアはただのものを使わなくてはならない。中国における支配的な見方は、コンピュータは教育の役には立たないというものである。先生はカードをぱっとみせてそれを覚えさせるのが普通のやり方なので。アメリカでは、多くの地域でラップトップが導入されはじめている。第三世界では小学校先生の典型的な教育レベルは小学校卒業程度である。

オーバーラッピングウィンドウやアイコンは子供のために発明されたものである。本当のコンピュータ使いは7000とかあるUNIXのコマンドを記憶していることを誇りにする。アメリカの典型的な先生の教育レベルは、その調査をすることを組合が拒むので難しかったりする。

第三世界にはそういうしがらみがない。子供に直接アプローチして新しいことができる。1516年までは本にページ番号を付けるという考えはなかった。次のページの最初の2語を前のページの最後に書いておいて、ページの順番を確認していた。ページ番号は、順番付けのためではなく、新しい議論の方法を発明するために、自分の本の中で前に行ったことを参照するための簡単なハイパーリンクをするのが動機だった。

60年代から子供がコンピュータを大好きになる、ということは発見されていた。なぜか子供はコンピュータを本当に大人がやるかっこよいことだ、と本能的に理解する。5歳児のナルシズムは、彼自身を世界の中心だと思わせる。これは、宇宙のどこにも(0, 0, 0)の点がないのと同じで、局所座標を使っているという言い方ができる。この事実を使って、局所座標だけでプログラムを書くようにすれば、子供でもプログラムができる、というのがLogoの発見だった。

円も足し算だけで書ける。微分幾何学は、たまたま今の科学が良く使う数学の形態でもあるので、最初から微分幾何学をはじめることができるはずである。

子供に本読みの習慣をつけるだけでも難しいことである。が、それを避けて簡単なことだけをさせていては、結局新しい"air guiter"文化を生むだけである。子供は楽しくやって、ちょっと音楽っぽいことをやっているつもりにもなるが、実際には何もしていない。特に、先生が何も微積分について判っていないときは、子供にair guiterをさせてしまいがちである。Julia Nishijimaのようなすばらしい先生が必要である。第三世界のほうが、このサイクルを打ち破るのが簡単であろう。

アメリカでは、人口の1%だけがエンジニアや学者や医者である。ただ、産業革命が起こってはいる。インドも同じように一部の高等教育を受けた人がいるが、産業革命は起こっていない。アメリカは産業革命の起こった第三世界である。世界の問題は70%の人が飲み水に不足していることと、女性の教育である。HDLTは新しい考え方をもたらす。

Squeakの使われ方を世界で見れば、共通して言えるのは子供が楽しそうにしていれば大人は楽しいということである。子供がコンピュータを使って何かしている!我々の未来は明るい!というように。が、実際にはアニメーションを作って、物語を作っているだけであることが多い。アメリ憲法は、言葉で説明するのはとても難しい。お話の形にしてもこれ以上退屈はできない、というくらい退屈なものになるだろう。が、大事なのはその原理である。これは物語の形にはできない。

科学は物語では説明できない。これが根底である。旅行からだんなが帰ってきたとき、奥さんが喜べば「不在が愛を強くする」ということわざが使え、喜ばなければ「心はいつも一緒にいる」ということわざ(?)が使える。お互いに矛盾していても、誰もおかしいと思わない。Solonは、アテネの町中に知られている警句を掲示したのだが、みんな矛盾した警句を見てびっくりしたが、物語の世界では矛盾した話があっても問題はない。違う映画を見れば矛盾だらけである。劇場というのは60歳の人が27歳の役をやって、照明を暗くしたりして、これ以上人工的にはなりえないくらい人工的だが、劇場の仕組みは観客の知性を反射して返す鏡のようなもので、人々は涙を流すことができる。TVのような悪い劇場は、観客に物事を忘れさせるようにする。

理屈は危険である。頭の中で考えたことと実際の世界をつなげなくてはいけない。大体の「常識」は間違いである。BrunerのMACOSは五年生に文化人類学を教えるすばらしいカリキュラムだったが、危険視されてBrunerは一時アメリカから逃げなくてはいけなかった。ルターは牢屋に入れられたとき、神と人々の間にある教会などをバイパスできればよいと思い、人々が自分で聖書を読めるようにすれば良いと思った。人々皆にラテン語を教えるか、聖書をドイツ語に訳すかという選択肢があったが、当時のドイツ語は方言だらけだったので、まずラテン語のような一貫性のある文法を持ったドイツ語を発明し、それに訳した。ルターはすばらしいユーザーインターフェイスデザイナーであったと言える。強力なアイディアを同定して、それが実世界で何をできるかを考えなくてはならない。

(Q&Aから)若い子供には、物語と論理を混ぜておくのは良いことである。そもそも興味を持たせるようにするだけでもその子供を変えることになる。どんなアメリカのスラムであっても家にはテレビがある。

HDLTが失敗したとしても、既存の会社の多くが揺すられる。ブラジル人が、AIDS薬をリバース・エンジニアリングしたら、大きな製薬会社は結局彼らのAIDS薬の価格を下げた。ビジネスの人は価格決定について判っているわけではなく、結局外的要因に対応しているだけであるので(面白いことが起こるはず)。

Dick's Last Resort

Dick's Last Resortというちょっと変わった雰囲気のお店。シカゴは良い街だなあ。と思いつつ、ほろ酔いでホテルに帰った後英文添削など。酔っ払いだけど良いのかね(とかここに書いても良いのだろうか)。