Wikimania 2006. Ward Cunningham: "I'm good at pair programming."

Lightning Talkが終わったあと、Wardが1人で寂しそうにしているのを見てあいさつ。その後、2時間くらい二人で話してしまいました。毛玉のデモをして森林火災のシミュレーションを見せると、「密度を変えながらどのくらい燃えるかを調べるようにしたいね」という話になり、なぜかWardの横で俺が一生懸命説明しながらeToysのプログラムをいじる羽目に。いきなりでっち上げたものが動かなかったので、「あれ、おかしいな」と思いつつ黙ってスクリプトを少し変えたら「黙ってやっちゃ駄目だよ」といわれ、"I'm good at pair programming."と言われてしまいました。eToysと毛玉の変数やスクリプトやコマンドの説明などをしつつ、Wardとペアプロです。どうやら、1つ1つのシミュレーション結果ではなく、その入力(初期状態の木の密度)と結果を見るテストケースを書く、という話に続けたかった模様。でも、自分用に作っていたイメージでデモをしたので、バグに当たってくじけてしまいましたが。

Wikiのデザインにおける生物学的なアナロジーが、Alanのオブジェクトの話にとても近いのに感心。Cocoa WorldというStageCastみたいなやつもやわらかい感じだったらしい(知らないし、見ていないけど)、趣味でやっているらしい小さいコンピュータを1バイトや1ビットのパケットを使うプロトコルでつないだアナログ的コンピュータの話、さらにはCroquetやeToysと、時間に縛られ過ぎないようにすることの得失など。

他の事は後で書きます。

Wikimania 2006

昨日の夜は、日本人Wikipedianの人々とお食事。荒らす人やスパムへの対策や、管理人の選挙に関する内輪話を楽しく聞きました。

感動したのは、コミュニティを管理するという作業を本業があるにもかかわらず、「暇だから」と言ってしっかりとコミットしてやっていることである。愛だよ、愛。我々がSqueakでやっているのは仕事にもなっているし、Wikimaniaにきているのも仕事という扱いなわけだが、なんだか申し訳ないな。

というわけで、Wikipedianの皆さん頑張ってください(hatenaにもグループがありますg:wikipedia, http://wikipedia.g.hatena.ne.jp/Tietew/20060803)。いつもお世話になっています。

Wikimania 2006

なぜか朝から得意の交渉術を発揮する羽目になってしまった。まあ怪しげな方法でレジストレーションしたことの余波であるが。

Jimbo Walesの話は、主に財団の組織的な話。弁護士さん(Brad Patrick)が一時的CEOとして入っていて、組織作りを良くやっている。5人のフルタイムがいる。政治討論用のCampaign Wikia、Wiktionaryの新しいインフラ(?)WiktionaryZ、大学用のマテリアルWikiversity、そしてSocialtextという会社のwikiwygをとりこむことなどのアナウンスがなされたが、なによりOLPCMediaWikiが乗る、ということがみそではあるな。http://wiki.laptop.orgMediaWikiなのでまあ本命だったわけだが、某Wiki engineを当て馬にしておくところがさすがOLPCだ。

英語版は百万記事を超えていて、これからはクオリティをあげることに力を注ぐそうだ。Wikipediaの記事の中にある注意書きがちゃんと会社的ポリシーに基づいて置かれていた、というのがよくわかった。分野ごと、例えば生きている人の経歴という微妙なやつをがんばっているらしい。

Seigenthaler問題で、CNNが取り上げて以降、cnn.comのヒットよりもwikipedia.orgが多くなった。Natureに載った研究で、同じような長さの記事をWikipediaとBritannicaから選ぶと、平均4個の間違いがWikipediaにあるが、Britannicaでは3個だった。Wikipediaは、科学分野で強みを発揮している。

部屋を替わって、Benjamin Mako Hill。彼は、しばらく前のOLPCアップデートでtamagocchi-likeな無線LAN最適化ゲームを作ったと書かれていた人だが、本職は法律で「definition of freedom」ということをやっているらしい。Creative Commonsライセンスの使われ方の分布など。

Ward Cunninghamwikiに関するいろいろな質問に答える、というもの。top-downスタイルのハイパーテキスト編集で、存在しないページにリンクを作りながら書いていける、というのがwikiの肝である、という意識だそうだ("i"が名前に2つ入っているだけではなく)。部分的な貢献が受け入れられることも挙げていた。HyperCardでダイナミックにできてよかったということもちゃんと言ってくれていた。

俺も質問に立ち、Alanの不満を元に(Alanの名前を出さずに)意見を聞いてみたのだが、さすがに古いSmalltalkerだけあって(?)、AlanがLogoWikiを作らせた、ということを知っていた。後で挨拶に行ってちょっとしゃべりました。まあ実行できるのは良いんだけど、WikiWikiの第二版でPerlコードを編集できるようにしていたが、余り使われなかったということもあるようだ。コードを試させる、というために「いじっても安全である」という感覚を与えるようになっていけないといけないのだろうと思った次第でもある。ただ、単純にフェンスを建てておくだけではなくて、システムのほかの部分にも影響するようなコード変更が起こったときに(ちょっとWikiの文脈を離れている話だったが)、関係するオブジェクトたちにもちゃんと通知されて、人間が問題を解決するようにして、「変化に強いシステム」を目指すべきだとも。後は、Smalltalkが全システムになっていて、Alanは研究指向だけど、やっぱりそとの世界と話ができるようにすることも大事と言っていたな。

Lawrence Lessigはred-eyeで今朝来たらしい。えらくはなりたくないものだ。内容は「いつもの」とも言える。read-only (RO)からread-write (RW)カルチャーへ、ということだ。が、書き言葉は文化としてはラテン語みたいなもので、今の文化的言語はテレビであり音声であるのだから、それをmixしていけるようにすべきだ、という主張を聞くと、McLuhanのglobal villageの「暗い」予想は、まあここに成就したと言えなくもないかも、である。CCの浸透は過去6ヶ月くらいで本当に爆発的に進んだようなグラフがあった。何事も最初はがっかりしないで続けることが大事だな。固有名詞のたくさん出てくる話でそれなりにメモを取ったが、このメモはきっとWOである。

Stable Wikipediaという話が進んでいる。CDやDVDに焼いて、Wikipedia 1.0として出す。ドイツではもう行われているが、これはドイツ語版を全部とって、ごみを除く、というやり方で作られた。英語版は、ゼロから良いやつを集めるというやり方だが、ランク付けのやり方から話し合っていてなかなか埒が明かなかった。が、一応Featured ArticleとかAとかBとかランク付けするようにして、FAが100くらいできてきた。

人文の人の発表は聞きながし。ただ、OLPCGoogle Summer CodeでOne Encyclopedia per ChildというプロジェクトをやっているEricが質問していたので、休憩中にちょっとお話。ひとつ質問するとすごい身振りで100倍くらいの長さの答えになって返ってくる。

Semantic WebWikipedia。カギ括弧を使ってリンクを張るときに、中に関連を書ける。あるいは、関連ページへのリストを宣言的に書いて生成したり。
これは、人間のミスも許されそうなのでSemantic Webとしては良いほうかも。あまりたいしたことはできない、という言い方もまたあるが。

自然言語処理とつなげた話は、ヨーロッパスペイン語アクセントでBritshっぽく話す英語だった。だからなんだということはないが。

慶応SFCの太田 尚志さんという人に会いました。がんばってます。早速マイミクになってもらいました。

またフライト

今日から4泊でBoston(というか本当はCambridge)。スチュワーデスさんの1人が、見た目といい雰囲気といいドミニク(http://www.linkclub.or.jp/~suno/Images/Dominic.gif)に似ているので面白かった。

このエリアに来るのは4回か5回目だと思うが、Harvardの中でいろいろするというのは今回が初めてである。世界征服を目指した陰謀をめぐらせている人たちがたくさん学内を歩いていた。スーパー学生のAdamは夏の間LAに戻ってインターンシップをしているのだが、彼はWikimaniaのコミティー内に友人を持っていることを知ったり。さすが。

メタメディア

特にどうと言うことはないのですが、なんとなく。

http://blogs.yahoo.co.jp/talvitakki/14677132.html
というところに「アラン・ケイの夢見たコンピュータ、ダイナブックは実は携帯電話ではないのか。薄くて、軽くて、持ち運ぶことができ、メタメディアとしてあらゆることを可能にする。」という感想があるのですが、いちおうメタメディアとしての要件として、「その上で(プログラムを書いて)その機械の振る舞いを変えることによって、別のメディアにすることができる」という点には着目したいですね。今の携帯で自分用のプログラムをかけるとはちょっと思えませんので。

ちなみに、彼らが例のダンボール製のDynabookモデルを作ったときには、片手操作の携帯電話型や、ヘッドマウントディスプレイ型や、今のラップトップのように折りたためるものも検討した、と言っていました。あの形と重さと大きさにはいろいろと根拠があるのです(折りたためるラップトップは僕はあの平らな形からの改良になっていると僕は思いますが)。

眼科

コンタクトレンズを作りに。なにやら立派そうな機械があって、眼底写真を撮って見せてくれた($35とられたけど)。まあきれいなものだったといえるのでしょう。視神経乳頭はぴかっと光って見えて、周りがちょっと緑色っぽくなっていたし(赤い光をストロボにしていたことと関係あるのかしらん?)、中心窩もちゃんと分かります。