京都の道ゆき

お世話になった上林先生のお墓に参りました。荒井先生と御一緒していただき、しばしの間遅くなった時間の流れを感じました。

その後法然院にも少しお参りしました。こちらは境内にある砂の造形(白砂壇)や静かな池など、さらにゆっくりとした時を表していたかのようでした。

時々右車線を走ろうとする運転手さんをなだめつつの道中です。

哲学の道

友人グループの御両親はその筋では有名な方々だが、今日はそのお宅での集まりに参加させてもらった。1歳から70近くまで、年齢差70歳くらいのグループで(写真撮影以外は)楽しくソーシャル。

哲学の道という名前は、本来ハイデルベルグ大学の哲学者達がネッカー川沿いの疎水を見下ろす道がオリジナルで、戦時中の京大生たちが、「戦争が終わったらハイデルベルグに行きたいな」という話をしたことから京都版「哲学の道」という名前をつけたそうである。が、某神社の神主さんが、「西田幾多郎などの哲学者が歩いて思索したから」というdispoweredされたバージョンの由来が流布してしまい忸怩たる思いであった、とhttp://www.kyoto-np.co.jp/kp/koto/kyotoaruku/kyo09.html内にある木下さんが語ってくれました。