UCLAと京大の遠隔講義

京大はもちろん半年区切りなのだが、UCLAはquarter制なのでこの講義もかなり終盤にさしかかったムードがある。今日は、京大側の人が、期末にやるはずのプロジェクトとして何をするかをプレゼンテーション。

京大の人は、うーん。若いです。授業の文脈として「未来」の話が多かったので幻惑されてしまったのかもしれませんが、いくつかのグループはちょっと未来過ぎて地に足が着いていない話になってしまったように思います。子供の年代と、その教材で子供がどのように何を学ぶのかという(高田さんが話したような)内容をこの先地道に詰めていってくれれば良いのですが、去年の例を見ると、「最初のアイディアから離れられず、深く詰めていくこともできない」というグループも多くなる傾向があるのでちょっと心配ですね。グループで考えたことになっていて、5分とはいえ構想を一度発表してしまうと、その後「これはやっぱり企画倒れだからやめよう」という話にはしにくいとは思いますが。

Alanが最後創造性ということについてちょっと議論をしようとして考えを述べました。Arthur Koestlerによる"The Act of Creation"という本があって、想像性のモデルについて滑らかに書かれた本ですが、800ページもある本です。創造性にも、ある文脈の中で改良を施していく、というものと、その文脈を超えて新たなものを作り出す、という2種類がある、というのはこの本に書かれているものだったようです。ViewpointsのBlue PlaneとPink Planeはここから来たわけでした。

一度青平面に飛び出せても、今度はそこにはまってしまうこともあります。

というあたりから学生の感想を求めました。「創造性を育てる(foster creativity)」という考え方に関する否定的意見は出ました(僕もおかしいとは思うわけですが)。発見と創造の違いなども。

ジョークと科学的発見と芸術的創造は"ha ha"と"A-ha"と"ahh"の違いであるという話もありました。ジョークが面白いのは、想像していた展開と違う意外性があるためですが、科学的発見の後にもしばしば笑いがこぼれます。これも今までの考え方の枠を外れることによるめんが多分にあります。

もしかして期待されているかもしれないので(されてないされてない)、ここで今日の警句的なやつを。「学習する、ということは自分に変化をもたらして、それまでの自分とは違う人間になるということです。つまり、学習そのものがなんらかの創造的活動ともいえます。」

コツとしては、自由連想で思いついたことを、書いた端から忘れるように努めつつノートに20くらい書きとめていく。その後で、全部を読み返してみる。大事なのは、最初のフェイズでは"super easy"に考えるようにしていろいろ自由連想し、後のフェイズでは悪いアイディアはどんどんすて、良いアイディアを洗練するために"critical"になる。ということを挙げていました。