Nicholas Negroponteの講演(昨日)

以下は昨日のNicholasの講演から。メモに書ききれなかったことは今日になってつないでいるのだが、聞きなれたAlanの講演に比べるとさらに再現性は低い。以下の部分で「私」はNicholasをさすが、丸カッコ内は大島のコメントである。

講演のタイトルは"Eliminating Poverty by Learning Learning"であるが、Poverty(貧困)のところにはどんな大きな問題が来ても良いと思う。「戦争」とかでも良いが、問題解決の基本のところには常に教育が含まれている。

Media Labは長いこと存在しているが、在籍していた学生もめったに私を見ることがなかったかもしれない。それでもCharie's AngelsがCharlieが誰か知らなくても良いように、摩擦や抵抗なく研究のできる環境を作るのがMedia Lab時代の20年の私の仕事だった。その後、MIT Media Lab外の子供にもそのような学習環境を作りたいと思うようになった。

多くの人から、「OLPCプロジェクトを始めようと思ったのはいつだったのか」と聞かれた。SenegalやCambodiaでの実験などをしてきたのでだいぶ前からともいえるが、決定的だったのは3年前である。3年前のこのころに昔からの知り合いでもあるMichael Dell(Dell創業者)に会って、「安価な途上国用ラップトップを作るべきだ」と言ったが、Michaelは「そんなことは不可能だ」と言った。不可能だと言われるとやりたくなるものなので、その時に本気になったのがきっかけである。その後も不可能だということは言われ続けたが、世界のラップトップの40%を製造するQuantaが手を上げてくれた後は、もはや誰も不可能だとは言わなくなった。

OLPCにおける教育のコンセプトは

  1. Learning learning (学ぶことを学ぶ)
  2. Teaching is only one way (教えるというのは一つのやり方でしかない)
  3. Leverage children themselves (子供の持つ能力を利用する)

の3つにまとめられる。

2番は、学校を建てて教師を育成して、というやり方だけが唯一の方法ではないということである。そのやりかたはあまりにも時間がかかりすぎる。どこの国か名前は挙げないが、ある国では教師の1/3だけが出勤してきて、校舎が足りないので午前と午後の2部制をとる。7:30から12:00までのはずが、30分遅れで始まって30分早く終わったりし、休み時間もたっぷりとったりするので、子供は週に5日間、1日2.5時間くらいしか時間がない。ラップトップがあれば、これを24時間7日間にすることができる。

14ヶ月前、IntelのCraig BarrettがOLPCのことを"gadget"と呼んだ。みんなgadgetと呼ばれるものはおもちゃであって、ろくに使えないものだと思うだろう。だが、その数ヵ月後にIntelは自分自身のやつ(Classmate PC)を発表した。

(Seymourと子供の写真を見せ)これは'82年にSeymourがSenegalで子供にコンピュータを使わせているところの写真である。昔からいろいろな試みはしてきた。私自身も2001年にCambodiaで実験を始めた。この村は平均年収が$50くらいというところだったが、発電機と衛星通信のインターネットを学校に設置し、PanasonicのToughbookを子供に配って使わせた。子供が最初に覚えた英語の単語は"google"だった。子供がラップトップを家に持って帰ったときは、バックライトが家の中で一番明るい照明として使われるようなところだった。息子のDmitriも手伝ってくれた。

2006年9月に調べてみたら、この村では2001年と比べて学校に来る子供の数が2倍になった。親もより頻繁に学校に来て手伝うようになり、先生もよりやる気になっていた。学校が楽しい場所に変わっていた。

Maine州(Macを全生徒に配っている)では、その運用の仕方についてはいろいろ言いたいこともあるものの、良い点もたくさんある。プロジェクトの開始前には、80%の教師がプロジェクトに懸念を示していたが、今では事実上0%である。生徒の風紀・規律問題が減少した。親から「子供が夜にメールを送ってばっかりになってしまった」という文句が多かったので、対策として夜間は学校のサーバーを落とすようにした、という展開にもなってしまったが。

OLPCは、$25 millonの寄付を諸方面から受けたNPOである。振り返ってみれば、組織をNPOとして立ち上げたのが一番重要な決定だった。どんな国のリーダーも、NPOであるということから快く会ってくれる。営利会社ではこうはいかないだろう。「規模」の大きさも重要である。3-5百万台を2007年中に作り、5千万台から1億5千万台を2008年中に作る。ある世界最大のディスプレイメーカーに行き、「それほど大きくなくても良いし、色も完璧じゃなくて良いし、少々のピクセル欠けは気にしないから安価なディスプレイを作ってはもらえないだろうか」と言ったら、「我々は、大きくて完璧なディスプレイを作るのが企業戦略だし、無理だね」と言われた。だが、「残念だね、1億毎位くらい作りたいんだけど」と言ったら、「おー、ちょっと考えてみる」となった。規模の大きさは会社の戦略も変えることができる。Linuxのデスクトップなんか誰も使わないという話もあるが、世界のラップトップの50%がOLPCになればそんなことは誰も言わなくなる。

国連が興味を持ってくれたことも大きい。いろいろな国が「国連も興味を持っているし」ということで話を聞いてくれる。

(手回し式の黄色い発電機が付いた初期の絵を見せて)、これは「写真写りは良いけど間抜けな」モデルだった。Wall Street Journalの一面を飾ったり、あちこちで注目された。B1マシーン(実際の最初のプロトタイプ)をNigeriaに持っていたとき、それを見た大統領が最初に言った言葉は「で、手回しクランクはどこなんだ?」というものだった。もちろん、手回し式はうまくいかないし効率もあまりよくないのだが、人の印象に残り、コンセプトを伝えるにはとても効果的だった。

物を作るときに安く作るには二つの方法がある。ひとつは、安い労働力、安い部品、安い設計を使う、というやり方で、もうひとつは、大規模製造して、最先端の工法を使い、賢い設計をするというものである。

先週(Vistaの発表で)、Bill Gatesが本当のコンピュータをお届けしましょうと言った。なんですかーという感じである。(OLPCのスペックを見せ)中でも重要なのは、消費電力と、メッシュネットワークとデュアルモードディスプレイである。人力発電は大人でも20W程度なので、使える上限がすでに決まっている(1分発電すると10分使えるという1:10の効率にしたければ、2Wに抑える必要がある)。メッシュネットワークは重要で、各家庭にワイヤレスアクセスポイントをセットして線を引いてということはできないので、各ラップトップがルーターの働きをする必要がある。自転車で通うような子供のためには、太陽発電付きの小さなwifi boosterを途中に設置すれば、家まで電波が届くようにできる。ディスプレイは、屋外でも屋内でもきれいに見えなくてはならない。

(B1マシーンの写真を見せ)大敵は埃である。途上国で道にいたりすると、15分くらいでびっしりと埃がコンピュータについてしまう。アンテナがUSBポートを塞ぐようになっている。eBookモードにもなるし、game padモードにもなる。eBookはいわばトロイの木馬である。中国やブラジルでは、毎年19ドルくらい教科書代に使っている。100ドルの機械が5年持てば、すでに教科書の置き換えだけでも(輸送や保存や最新版にする手間などが省けることを考えなくても)元が取れる。ラップトップが入ることに躊躇する国を説得するには、まずは教科書の代わりにもなる、ということからはじめることができる。このアンテナは非常に強力である。Seymourがハノイにいたとき、ワイヤレスネットワーク付きのラップトップを使っていた。ある部屋ではとても電波が弱かったが、Seymourのラップトップだけが電波を受信できた、ということがあった。ラップトップ同士であれば、1.2km離れて15-16kbpsの通信に成功したという実験もある。

クランクはあまりにも筋肉を浪費する。多くの力が、台のほうを抑えるためだけに使われてしまう。そのため、今はこの(糸引き式のモデルを見せ)、引っ張り式のものを考えている。

メッシュネットワークから、インターネットに行く方式は国ごとにいろいろ違うものになる。GSMのタワー経由かもしれないし、衛星経由かもしれない。Nigeriaは、このプロジェクトのために通信衛星を打ち上げようとしている。ラップトップはどの国であっても箱を開ければすでにインターネットにつながった状態となっている。

普通の製品では、「一製品に付き奇跡は一つまで」というルールがある。が、もちろん我々はすでにそのルールを破っている。そのような奇跡の一つはUIである。今日の聴衆の中にもいるAlan Kayは、今日Windowsが存在していることの理由を作った一人でもあるが、そのWindowsは子供のために作られていない。Nigeriaのある学校は、教室が一つしかないような学校だったが、コンピュータが置かれていた。そこでは、子供達がコンピュータを使っているときは99%くらいWordやExcelPowerPointを使っていた。大人達は、「将来仕事に就いたときのために」ということを言うが、そんなのはでたらめである。(Sugarという)このインターフェイスは、子供達がメッシュネットワーク上でいろいろな作業を協調して行えるようにすることを考えて作られている。私もギークがスーツを着て歩いているようなものだが、"View Source"キーがついているので、今実行しているプログラムのソースが見られるようになっている(する予定である)。

開発は、だいたい250人がフルタイムで従事しているようなものだが、マーケティングとセールスは私ひとりでやっている。話をする相手は、つねに国の首相・大統領である。普通の商業製品では、価格の50%はマーケティングとセールスと流通と利益であるが、私は給料はもらっていない。

現在のところ、一台あたり$148のコストである。2008年の終わりには$100を目指し、2010年には$50になる。コストは、為替要因、メモリ、ニッケル、コバルトの価格によって変動する。モトローラのような会社が、技術革新によって一台あたりのコストを$10下げたら、役員としての私の法的責務は、その利益を株主に還元することである。コストが下がったら、さらなる機能を追加することによって価格を上げた製品を出し、全体として同じ価格の製品が出続けるようにする。徐々に追加された機能によって、筋肉のほとんどが脂肪を運ぶためだけに使われるようになる。ファイルを探しているときに犬が土をほじくるアニメーションが出たりする。Linuxも過剰に太っている。機能をどんどん追加したい、というのは技術者の自然な欲求なのであろう。普通の会社は書いたコードの行数によって給料をもらうが、減らしたコードの行数によって給料をもらうようになるべきだろう。

"Gray Market"(子供の機械を盗んだり売ったりする)問題。毎日アメリカでは何千台もの車が盗まれるが、アメリカの歴史上(というのは大げさだと思うが)郵便局のトラックが盗まれたことはない。それを運転していればすぐにばれてしまう。白いボルボも盗まれない。もし見た目が十分特徴的であればかなりの効果がある。Ivanによる最近の講演は「Millon Dollar Security for $100 Laptop」というなかなか気の利いたものだったが、彼の構想によれば、ラップトップをあけたときに、その学校に別途届けられたactivation keyを持った学校のサーバーと通信しない限り、そのラップトップは起動しないようになっている。起動するようになった後も、定期的に同じネットワークにつながらなければある一定期間後に動作を停止する。先進国で高く売って、途上国を援助するというシステムもみなが提案するが、Gray Marketのことを考えるとちょっとやりにくい。

大事なのは、一気にはじめることである。アメリカのクリスマスセールでも、大きな物量を一度に流すことによって大きなコストカットをしている。一年にわたって少しずつ売るよりも効率が良い。ラップトップも一度に引き金を引くことによって勢いをつける。それから、caps lock keyがないことも重要である。caps keyをシフトキーのそばにつけた奴は誰であれ文句を言いたい。

(ここからQ&A)
(Yasminによる質問)いくつかの国では、情報はこの国ほど自由には流れていない。それからオンラインでの犯罪に巻き込まれないようにする方策などもあるのか?
(NN)いくつかの国は、なんでも自由にアクセスできるということを嫌う。が、私はとりあえずは戦わない。制限されたインターネットのほうが、インターネットがないよりも良い。カダフィがすべてのラップトップのスクリーンセーバーを彼の写真にしたければ、それでもよい。Cambodiaで実験していたときも、子供向けフィルタリングなどはしなかった。

(質問)製品の寿命は?
(NN)5年を目指している。

(質問)コンテンツは、各国の事情を考慮しているのか?遠隔授業などはできるのか?各国政府はちゃんと関与しているのか?
(NN)もちろん我々が話しているのは政府なので、各国政府は関与している。コンテンツはWikiのようなものを検討しているが、Wiki Textbookはまだ離陸していない。アラビア語でかかれたものは非常に少ない。ただ、コンテンツは最初から完成したものがなくてはいけないわけでもない。

(質問)インドはどうなのか。
(NN)インドは却下したわけではない。各地方政府と話をするように、と連邦政府からいわれ、「いや、国のトップと話をするのでなければ時間が足りないので、初期参加国でなくても良い」という話になった。去年の7月3日にインドのある大臣(Planning?)からある大臣(教育)へのメモがマスコミにリークされ、その中に"pedagogical theory suspect"というフレーズがあった。その2週間半後にさらにまたライバルがマスコミをたきつけて、そのフレーズがまたニュースを賑わせた。いろいろな抵抗勢力があるのが面白い。

(質問)インターネットへの接続料はどうなるのか。
(NN)だいたい$1/月/人くらいである。衛星リンクは$300/月くらいで、それを共有する。村の中ではブロードバンドである。各機械は512kの2次記憶しかないが、教室に20人いれば、教室ごとに10Gの容量があるともいえる。Wikipediaを分散して持つことも考えられる。

(質問)ユーザからのフィードバックはもうあるのか
(NN)まだである。B2を南半球の新学期にあわせて使ってもらう

(質問)Being Digitalで国家の消失を予言していた。ただ、現実にはナショナリズムが復興して、追放とか虐殺とかも可能になった。あなたの楽観主義はどこから来るのか。
(NN)ナショナリズムは病気のようなものだ。パトリオティズムは良いのだけど。社会にいろいろな影響がある。私も二つのパスポートを持っていて、単一の国家にとらわれている気がしない。北朝鮮キューバこそ私が相手をしたい国である。

(質問)いままで直面した恐怖というのはどのようなものだろうか
(NN)懸念などを直接聞くことは比較的少ないが、間接的には良く聞く。中国には2億2千万の中学以下の子供がいるが、政府の人が言ったのは、「OLPCのデザインは子供に注目しすぎのように思う」という言い方をされた。これは批判というよりはちょっとした言明だったわけだが、そのような小さな言葉によく耳を傾けなくてはならない。中国での問題は政治制度というよりは儒教であったといえる。

(質問)色はどのようになるのか?
(NN)金曜日のミーティングに来ないか?金曜日に決めないと、プロダクションがさらに数週間遅れるといわれて、金曜日に最終決定をする。緑はナイジェリアの国旗の色である。オバサンジョーが"enchanting"と言ったのを聞いて、そうしようと思った。

(質問) 5年後はどうなるだろうか(たぶん廃棄処理のことを聞いたのだと思うが?)
(NN)そんなに先のことを考えるのは難しい。学ぶということそのものが変わっていると思う。子供達は物理にしろ数学にしろ、自分の情熱の持てるものを通して学べる方法がいろいろと考えられていることと思う。

(質問)都市の子供によるテストは?
(NN)Media Labのコンピュータクラブハウスという活動はある(Scratchが使われているプロジェクトだ。Nicholasは一瞬名前を忘れて、Yasminが助けていた)。ストリートキッズのように都市にいる貧困層の子供は、田舎よりもより厳しい条件におかれている。

(質問)ソフトの変更が子供によって行われるようになるのか?
(NN)子供が他の子供のために書いたもの、あるいは先生が子供のために書いたソフトがおどろくべきほどたくさんかかれることになると思う。

(質問) 構成主義の理論は政府に受け入れられているのか?
(NN) 発展途上国では、アメリカにもまして「試験でよい点を取るために勉強する」という風潮がある。が、learning learningについて話をしたら、グアテマラルワンダやアルゼンチンの教育大臣は非常に納得してくれた。もちろん、トロイの木馬の議論(eBookの話)はそれでも有効である。

(質問)頑丈に作られているようには見えるが、アンテナが折れてしまった場合など、工場に送り返したりできるのだろうか。
(NN) 95%のメインテナンスは子供たち自身によって行われるようになる。5%は、どこかに送り返して直すことになるだろう。1%は、到着時に機能しないと思うので、多めに渡しておくようにする。教室の後ろに置かれた共用の設備は、通常寿命は2週間くらいである。レンタカーでバンプを超えるときに、自分の車でやるよりも速い速度で越えるようなもので、自分のラップトップということになれば子供は大事にする。

(質問) プログラマーとして貢献したいのだが、どうしたらよいのだろうか。
(NN) いつでもデベロッパーとして参加できる。Webサイトを見てくれ。オーストラリアで行われたLinux Conferenceでは、30人くらいの人がB1マシーンを持っていた。お金を寄付したければOLPC Foundationに寄付してほしい。

(質問) リサイクルや廃棄はどうするのか?
(NN) EUの廃棄物基準にあうように作っている。南米のいくつかの国は、そんなに厳しい基準のものはいらないと言うのだが、それに対しては、「だったら参加してくれなくても良い」と言っている。アップグレードはUSB経由で行うことができる。また、機能増強するよりは、価格を下げることを優先する。

(質問) 一番記憶に残る瞬間は?
(NN) カダフィと気温52度の中、砂漠の真ん中のテントであったことだろうか。なぜNPOでやっているのに、いろいろな会社が嫌がらせをしたり、ネガティブキャンペーンをしたりするのかわからないが、いやな気持ちになった次の日には、「またがんばろう」と思ってがんばっている。

(質問) 人力発電は子供でテストしているのか
(NN) 今まさにテストしている。別の方式も考えていて、直に自転車につなげられるクランクもデザインしている。足は上半身の10倍くらいの力があるのでなかなか良い。$10でラップトップ一台駆動できる太陽電池もある。

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講演の後は、いろいろな人とちょっとだべり。Dmitriはしばらく僕(大島)と同じオフィスに通っているのでちょっと仲良くしているのだが、父親と働けるのが楽しそうなところがすごいな。先日一緒にパネルをしたBernieは、Dmitriの結婚式に参加したといっていたのだよな。世界は狭い。