Nate Silver: The Signal and The Noise

The Signal and the Noise: The Art and Science of Prediction

The Signal and the Noise: The Art and Science of Prediction

2008年のころから(fivethirtyeight.com時代から)全部ブログ記事を読み、http://d.hatena.ne.jp/squeaker/20070529#p1にも書いた"Baseball Between the Numbers"もみっちり読んでいる私としては、当然pre-orderしていたわけです。ですが、一気読みするつもりまではなかったものの、Michael Mannが強い批判記事を書いているのをみてからは、届くのを心待ちにしていました。

http://thinkprogress.org/climate/2012/09/24/898561/fivethirtyeight-the-number-of-things-nate-silver-gets-wrong-about-climate-change/

問題となっている12章の話は後に回すとすれば、これはズバリ良書です。実世界における確率・統計の応用について、Big Data時代における未来予報の仕方について、ベイズ定理のそもそも論について、ポーカーや野球におけるスキルと運の関係について、多くの実例と共に、やや饒舌ながらも完璧に筋道の通った文章を楽しく読み進めることができます。

で、12章ですが、確かにこの章は構成がちょっとおかしいです。否定論者として有名なArmstrongがGoreに対して一方的に仕掛けた「月ごとの気温が上昇するかどうか」という賭けの話がまず出てきます。これは、そこに掲載されているグラフをぱっとみても「たまたま気温が高めの年だった2007年をもとにしているな」ということが読み取れるし 、11章まで読んできた読者にすれば、ほぼ直前のポーカーでの一時的なツキの話とまったく同様に、「気候変動の話は長期的な問題なのだから、月々の温度変化を比べてもしょうがないだろう」という同じ突っ込みで終了、という流れなのだなと思わせるのですが、その導入のところは「その後の47ヶ月のうち、『Armstrongの温度変化なし予測』に基づく結果が29回も勝利した」とあたかもArmstrongの言い分に理があったかのようにいったん結論してしまうのです。

後のところを注意深く読んでいくと、Silver自身は決して気候変動に懐疑を唱えるつもりはまったくなく、特に本書のテーマである「モデルによるシミュレーションというものを、統計的な視点からどのように扱うべきか」ということについて掘り下げるのが主眼であるということはわかるのですが、「不確実性がある」ということを言うときに「大勢の天気予報士は気候学者に多かれ少なかれ批判的である」とか、気候学者からもKerry Emanuelをはじめとして「気候モデルに基づくコンピュータシミュレーションに関する疑念がある」とかいう書き方をしてしまっているために、必要以上に「不確実性を強調する」書き方になってしまっています。

Gavin Schmittが「次の10年は今までの10年よりも気温が高くなることに100対1で賭けても良い」と言ってしまっていることに対して「いや100対1とか言ったら言い過ぎだろう」という突っ込みをベイズ定理に基づいて説明するので良いのですが、Armstrongも「次の10年も気温は上がらない、ほぼ確実」と言っていることと無理矢理対比してしまっています。

脚注には「ArmstrongはHeartland Instituteから資金提供を受けている」と書かれているし、章の後の方にはちゃんとArmstrongの賭けの仕方はおかしかったとか、Armstrong自身が「科学には興味はないと公言している」とかいうことが書かれていているのですが、最初は持ち上げておいて、後の後で踏み台を外すように落としているのは、他の章でみられるSilverらしい「事実に基づいているからこその興味深いストーリー」というよりは「無理矢理を対立軸を作って煽ってみました」という形なのですよね。

Mannは校正版を読んで上記の批判記事を書いたようなので、「踏み台外し」はその後で追加されたのかなと思わないでもないです。

ちなみに、Mannの批判記事もフェアではないところもたくさんありますね。大学時代の教授が誰だったからとか、SilverがThe Inconvenient Truthについて「シロクマが困っているような絵が先行してしまう」と言っているだけで「科学的に弱い」と言っている訳ではないのに、言っていることにしてみたり。

もう一度書きますが、注意深く読めばSilverの論点はあくまでも「人為的気候変動が起きているのは『ほぼ』間違いない。ただモデルを立てて予測するという行為は難しいのだ」ということはわかります。ですが、本書の中でほぼ唯一ハードサイエンスが絡む部分なので、「門外漢がハードサイエンスについて論評するのは難しい」という印象は残りますね。

それでもこの本はかなりお勧めです。