オブジェクト指向

http://userpage.fu-berlin.de/~ram/pub/pub_w33d45lg/doc_kay_oop_enを読みました。よく見つけましたね。内容としては、彼が最近の講演(僕の知る限り、最近見直した97年のやつと、ひたすらよく聞いている2002年以降)で話しているものと近いですね。

メッセージ指向の疑問は面白いと思います。別に僕の株は上がったり下がったりしないので(多分)、その方向で聞いてみます。金曜日までGlendaleには表れないみたいですが。

コメント

あ、すみません。日記の日付を間違えていたので、そっと一日分本文のほうを動かしたのです。

設計にも使われているというのはその通りですが、設計では型やクラスが本質的に重要、なんですかね?「オブジェクト指向設計」と言わずに、「抽象データ設計」とでも呼んでおいてくれれば平和だったのかもしれませんね(そういう言葉もありますし、鷲見さんの言うようにSmalltalkはメッセージ指向言語だ、と言っておいてくれれば混乱が少なかった、という言い方もありえますが。あるいはma(間)指向言語とか)。

僕がオブジェクト指向において重要だと思うlate-binding性とか、データベースのスキーマ変更みたいなすでに存在しているインスタンスの変更とか、「オブジェクト指向設計」では設計しきれない要素というのがあるので(最近はできるんですかね?)、僕はOODのパワーそのものにやや冷めた目は向けています。いえ、もちろんそれができることはきっちりできると思っているのですが、もちろん決してそれ以上ではないと。

コメント

別に0か1かの話をしようとしているわけではないので、OODが必要あるとかないとかいうことの話をしているわけではないですよ。

 パワーというのは原理的に見たときの記述力、とでもいったような意味で、例えば自分自身を記述できるか、というような感じです。設計図のデザインをした人が予期していなかったような構成要素の種類を、設計図のユーザーが後から追加して使えるような設計図のデザインをその設計図でできるかどうか、というような感じでしょうか。

 念のため書きますが、ソフトウェアの設計図が不要、ということを言うつもりはまったくないですよ。

 「オブジェクト指向世界観が草の根から生まれた」というのはどういうことでしょうか。