京大とUCLAの講義

今日はゲストとしてDanny Hillisが来ました。Dannyは「並列コンピュータの父」でThinking Machine社を始めたり、RAIDディスクを発明したりした有名な人です。が、今日は仕事の話ではなく、自分の人生プロジェクトとしてやっている「万年時計] (http://www.longnow.com/10kclock/clock.htm)を題材に、彼が思う良いデザインについて、という話をしてくれました。"10k clock"は愛知万博にある「ぜんまいを巻くと一年動き続ける」というのではなく、本当に一万年動き続けることを想定して作られた時計です。

ネバダにある山をひとつ買い(http://www.longnow.com/10kclock/Clock_location.htm)、トンネルを掘って時計を置き、太陽光を取り入れてレンズで集めて金属を熱によって伸縮させることによってぜんまいを巻きます。そのぜんまいが一分周期の振り子を動かして、時を刻みます。

太陽光はぜんまいを巻くだけでなく、時計の補正もします。一万年の間には地球の摂動もあるし他の惑星の影響もあって、軌道や太陽の(多分)南中時の位置は一定してはいません。ただ、その軌道はかなり正確に計算できるので、1万年分の補正データを作っておきます。

その補正データは歯車式の計算機(多分、主に振り子の周期を割り算する除算器と、経過時間を数えて足し算する加算器)の入力になります。その補正データは(http://www.longnow.com/10kclock/clkIdeas/dannyhillis/Rolfe1_00/EqOfTimeDtl1_00Lo.jpg)の滑らかな曲線を持ったカムになっています。円周が一年の間の太陽の位置を表していて、縦軸は1万年の時間経過を表しています。このカムの表面を、上端から下端まで1万年かけてらせん状に辿っていくわけです。

歯車式計算機のデザインによって、このカムの形はいろいろありえます。格好悪いものにもなりえますが、彼の主張は、良いものは機能だけではなく美的でもなくてはならない、ということでこの優美な形にしてあるそうです。見ての通り抽象的な女体のようなので、「良くそういうことは聞かれないか」と質問してみたりしました。

精度に関しては、カムの表面の微妙なでこぼこなどは数十秒程度の影響しか与えないが、割り算の精度が悪いと、1万年の間に徐々にずれていってしまうので、その計算機の精度は非常に高くなくてはならないそうです。これはエンジニアリングにおいてどこに力を割くべきか、と言う問題で、カムを極端に精密に作ることには見返りが少ない、ということになります。

見た目のデザインもいろいろ試行錯誤しているそうですが、今考えているのはちょっと18世紀風の印象を与えるもので、上にある表示部分が「軽く」見えるようにしています。しばしば、似たデザインがいろいろな時代、いろいろな場所で表れることがありますが、自分でいろいろ試して作ってみると、良いデザインというのはそのどこが良いのか、ということがわかってくる、と言っていました。

上の「表示装置」には太陽と月が動いていく様子が見えています。仮に言葉がわからなくなっても、「時計である」と言うことはこれでわかりそうです。

どういう動作原理になっているかなどについて詳しく書いた金属板もあります。が、とにかく目に見えるようになっていて、結果も天空と見比べればわかるのが「透明性」と言うデザインの原理に基づいた結果だと言うことです。

まだまだいろいろ設計中だそうですが、例えばそれを見に来た人がなにか記念に残せるようにする気の利いた仕組みも欲しいそうです。本当の時計部分以外に、手でクランクを回すとその動力で時間に応じて違う音を鳴らすとか(Brian Enoがそのために作曲したという、ベルの和音を聞かせてもらいました)、トンネルの形を工夫するとか、「時計を見に来るだけでも楽しくて、その時計をちゃんと保存したくなるような気分にする」ことを考えているそうです。これも工学だけではない人間的要素が重要、ということでしょうか。

彼は"futurist"としても有名なのですが、彼の書いたものやインタビューなどを見ると、人類の未来に関してとても楽観的(というか深い期待を持っている)ことが判ります。なので「山の中に置くだけではなく町の真ん中に置いて、町の人皆がそれを動かし続けていくことに意義を感じるようにすると、そちらのほうが生き残る可能性が高くなったりするのではないか」という質問をしてみました。エルサレムイスラムユダヤとキリストの地区が接している広場(?)に置くと、皆がちゃんと敬意を表して長持ちするかも、ということは比較的まじめに言っていました。定期的に建て替えることによって千年以上生き続けている神社がある、と言うことも知っていて(40年ごとと言っていたので、なぜか僕が20年毎に建て替えている伊勢神宮と言うものがあって、多分1300年くらい続いている、と補足してしまいました。1300年はやや自信がなかったのですが、今調べたらあってました^^;)

その他印象に残った言葉は、TCP/IPをデザインした人たちは、Amazonみたいなものができたり、みんなが音楽をダウンロードしたりするとは夢にも思っていなかった。長く生き残る技術を作る場合は、想像できるアプリケーションに対応することを考えるよりも、スケーラビリティーや透明性や持続性、と言う原理に立ち返って、それを満たすように努力することが大切、ということでした。

前の職場にも模型があってそのときはいったいなんなのか判らなかったのですが(John Weeが一言言っていたことがありましたが、そのころは英語がわからなかった)、今日始めてあれが何だったのか判りました。Dannyのまとまった話を聞くのは初めてでしたし、中身もとってもかっちょ良い話だったので大分楽しめました。