洗濯

向田邦子は一人で「父の詫び状」の親元を離れて暮らし始めたときに、「慎独」(独リヲ慎ム)という色紙を書いて部屋に掲げておいて、ついついゆるみがちになる独り暮らしの規律を保つための心の支えにしておいたそうである。

もちろん私も尊敬する向田邦子に倣い、独り身を慎んでいる。部屋はいつもぴかぴかで、いつ誰が訪れても恥ずかしくないように、整理整頓がきっちりなされているわけだ。

いや、やっぱり日記に嘘を書いてもしょうがない。実は、もうすごいんである。いや、本当に。最初のころは「洗濯や皿洗いはちゃんとやっているから、散らかってはいても不潔ではない」と言う主張(言い訳ともいう)がぎりぎりかすめるくらいの状態ではあったのだが、最近はいろいろなところにほころびが出始めて、危険水域に達しつつある。

台所にあるタオルも、当初は定期的に洗っていたのだが、さて、最後に洗ったのは一体いつだっただろうか。もちろん、このタオルを使う前は常に手を台所で洗っているので、このタオルにはH2Oしか付いていないはず、とは思うわけなのだが、やっぱりそういう自己欺瞞を許さないほどに汚れてきていた。

というわけで、今日はこの台所タオルも含めて、いろいろ洗ってきました。うーむ、やっぱり洗いたてのタオルは違う、と言うような感慨は特に抱きませんでしたが。

ちなみに、下着の類は本当にきれいじゃないといやな性質なので、(ほぼ)毎日必ず替えています。Al Bundyではありません。全国三千万の芳樹ファンのみなさま、ご心配無きよう。

はっ、ここまで書いて、慎独って実は男女間のことも含意していたのだろうか、という疑いがわいてきてしまった。もちろん私は慎んでいますので、天に恥じる事はないわけですが。